Chapter 29 - Formerly, The Fallen Daughter of the Duke - NovelsTime

Formerly, The Fallen Daughter of the Duke

Chapter 29

Author: Ichibu Saki
updatedAt: 2025-04-24

クレアがヴィークとデートを楽しんで、幻想的な夕暮れの街を眺めた日からちょうど一か月が経った。

    明日はついに、王宮で国王陛下主催の夜会……という名の、ヴィークのお妃探しの会が開かれる。

    この一か月間、クレアがヴィークとレーヌ家の自室で顔を合わせたのは、ほんの2回だけだった。

    実際には、ヴィークはもっと訪ねてきていたのかもしれないが、クレアはイザベラに作法やダンスを教えるのに忙しく、あまり部屋にはいなかった。

    ヴィークの方も、クレアが不在だったからといって置き手紙をしたり、理由を尋ねることはしなかった。

    そんな毎日に、クレアは、はっきりと寂しさを感じていた。

    夜10時を過ぎても、ヴィークが顔を見せるのではないかとカーテンを開けたままにしたこともあったほどだ。

    (明日はいよいよお妃探しの夜会だわ。もう、彼がこの部屋に姿を見せることはない)

    部屋で一人沈んでいると、コンコン、と部屋の扉がノックされた。

    「はい」

    誰かと思って出てみると、廊下にいたのはイザベラだった。

    「クレアお姉さま。大事なお願いがあるの。応接室にきてくださらない?」

    「ええ、もちろん」

    きっと、明日の夜会を前に復習したいことがあるのだろう。そう思ったクレアはすぐに微笑んで頷き、イザベラとともに応接室へと向かった。

    応接室の扉を開けると、何だか困った表情をしてソファに腰かけるレーヌ男爵夫妻の姿があった。

    目線は、ある一点を見つめている。

    (何かしら……)

    クレアがそちらに目を向けると、そこには深い青のロングドレスが飾られていた。

    (明日のドレスはイザベラ様にぴったりの可愛らしいピンクに決めたはずだけれど……急に変更したのかしら)

    クレアは、頭の中が『?』でいっぱいになっている。

    イザベラは、そんなクレアを真っ直ぐに見つめて、一呼吸置いた。そして、意を決したように口を開く。

    「クレアお姉さま、お願いがあります。明日、このドレスを着て私と一緒に夜会へ出席してください」

    あまりのことに、クレアは一瞬冗談だと思った。……が、イザベラの目は本気だった。

    「さっきも言っただろう。イザベラ、クレアちゃんを困らせたらダメだ」

    「そうよ。クレアちゃんはあなたが敬うべき先生よ。その先生を、侍女として連れていく気なの?」

    レーヌ夫妻が止めに入るが、普段は素直で従順なはずのイザベラは全く話を聞かない。

    「お願いします。私、この一か月間礼儀作法もダンスも、すごく頑張ったわ。先生も、すごく上達したって褒めてくださいましたよね。だから、ご褒美だと思って、お願いします」

    幼さを残しながらも、知性を感じさせる切れ長の目には涙が溜まっている。

    (きっと不安なのね)

    そう思ったクレアは、イザベラの肩に手を置き、少しだけ姿勢を低くして目を合わせる。

    「イザベラ様は、とても素晴らしいレディーよ。私も家庭教師として、どこに出しても恥ずかしくないわ」

    「クレアお姉さま、……そうじゃないんです。私がお姉さまと一緒に夜会に行きたい理由は」

    ついに、イザベラの瞳からは大粒の涙がこぼれた。

    「お姉さまの……上の階のお部屋は、私の部屋ですわ。事情を、何も知らないとお思いですか……」

    クレアはハッとした。

    イザベラはさらに続ける。

    「お姉さまがいらっしゃってから、……お姉さまと、殿下は私の憧れでした。だからお願いです。私と一緒に夜会へ……」

    その先は、もう続かない。

    (私の軽率な行動が原因で、かわいいイザベラ様をここまで傷つけてしまったわ)

    泣きじゃくるイザベラの背中を撫でながら、クレアの心は申し訳なさでいっぱいだった。

    その日の深夜。

    イザベラが眠ったことを確認したレーヌ男爵夫妻は、クレアの部屋を訪ねた。

    「すまないね、こんな夜遅くに」

    「いえ、こちらこそ……本当に申し訳ありません」

    クレアは深々と頭を下げる。

    「クレアちゃん、頭をあげてくださいな」

    夫人が優しく声をかける。

    「さっきイザベラが言っていたよ。毎日、一言を交わすためだけのためにやってくる王子様とクレアちゃんが、お伽噺のようで憧れだったと」

    「そうそう。ここ数か月ね、将来は王妃様を支える女官になるんだーって猛勉強しているみたいだったの。不思議だったのよ!……でも王妃様って、クレアちゃんのことだったのね」

    レーヌ夫妻はいつもの柔らかい笑顔で笑った。そして、言う。

    「この家の当主として頼みたい。明日の夜は、イザベラに同行してもらえないだろうか」

    「このままじゃ、あの子は女官になりたいなんてもう二度と言い出してくれないかもしれないわ。私からも、お願いしますわ」

    クレアは、寂し気に微笑んだ。

    雇用主に頭を下げられたら、クレアはもう頷くしかなかった。

    翌日。クレアは、久しぶりにドレスに袖を通した。

    きつく締め付けるコルセットの感覚が懐かしい。

    シャーロットに付き添って毎週のように夜会に出席させられていた時期もあったな、と思い出す。

    クレアは髪の毛が短くなってからは初めての夜会だった。

    セミロングの髪を編み込んでアップにし、イザベラが選んでくれた髪飾りを付ける。

    イザベラがいつの間にかオーダーしていた深い青のドレスは、デコルテから肘上部分までが繊細なレースで隠された、露出の少ない上品なデザインだった。

    (とても素敵)

    姿見で後ろ姿までチェックすると、机の上に置かれた懐中時計が目に入る。

    (このデザインのドレスなら分からないし……いいわよね)

    クレアは、ヴィークから預かっている懐中時計をそっと身に着けた。

    もちろん、こんなに着飾ってもヴィークと話す機会は巡ってこないということをクレアはよく分かっている。

    パフィート国とノストン国のどちらでも、このような会では上位貴族の令嬢から順番に声をかけられるのが暗黙の了解だ。

    イザベラやレーヌ夫妻の心遣いは有難かったが、クレアはヴィークが他の令嬢たちと踊る姿を例の如く壁の花になって見届けるつもりだった。

Novel